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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)31号 判決 1960年7月05日

原告 花山直康

被告 特許庁長官

主文

昭和二九年抗告審判第一一六七号事件につき、昭和三四年五月三〇日、特許庁がした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、請求棄却の判決を求めた。

原告訴訟代理人は、請求の原因として、

一、原告は、昭和二九年一月二二日、「ピアス」及び「PIERCE」の文字を二段に横書して成る商標(別紙表示の商標)について、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号、以下同じ。)第一五条第六五類玩具及び運動遊戯具を指定商品として、登録を出願したところ(昭和二九年商標登録願第一三一五号)、同年四月二二日附で拒絶査定を受けたので、同年六月一四日、右査定に対して抗告審判の請求をしたが(昭和二九年抗告審判第一一六七号)特許庁は、昭和三四年五月三〇日、抗告審判の請求は成立たないとの審決をし、その審決書謄本は、同年六月九日原告に送達された。

二、審決の理由は次の如きものである。すなわち、審決は「……多数の透孔を有する盤上において、その透孔に挿し込み得る足を有し、各種の色彩を施した多数の駒を以て行うゲームをピアスと称し、この種の遊戯は、相当古くからこの名称を以て指称されていることは、この種業界において周知の事実であり、又、当庁においても顕著なところである。」と認定し、「PIERCE」及び「ピアス」の文字を通常の態様を以て表してなる本願商標を、指定商品中ピアスゲーム用遊戯具に使用すれば、商品の品質用途の表示に過ぎないものであるから、自他商品の甄別標識としての旧商標法(大正一〇年法律第九九号、以下同じ)第一条第二項の特別顕著性を具備せず、又、上記以外の商品に使用すれば、商品に誤認を生じさせるおそれがあり、同法第二条第一項第一一号の規定により、登録の拒絶を免れないものである。」と判断し、なお、原告が、抗告審判請求書において、「ピアス」なる商標は、原告が初めて使用したものである旨主張したのに対し、「ピアスゲームと称せられているものは、現在においては、ゲームの名称として広く一般に使用されているところであるから、たとえ同人(原告)の主張するように、ゲームとして、ピアスゲームの名称が同人の考案によつて附せられたものであるとしても、現在における取引界の実情を以てすれば、上記の如く判示するのを妥当とする以上、同人の主張はこれを採択するに由ないものと認める。」として拒絶査定を支持したものである。

三、しかしながら、審決は、次の理由により不当である。

1、審決の手続に法令の違背がある。審決は「……業界において周知の事実であり、又当庁においても顕著なところである。」と説示したが、原告は、抗告審判請求書において、「出願人が使用しているもので、普通に採択使用しているものではない」旨主張したのであるから、これに反する証拠を得た場合には、旧商標法第二四条によつて準用される旧特許法(大正一〇年法律第九六号、以下同じ。)第一一三条により、原告に意見書提出の機会を与えるべきものであるのに、その手続がなされなかつたのは違法である。「業界において周知の事実又は特許庁において顕著な事実」ないしはそのような事実の認定資料があれば、これを提示して原告の意見を求めることは、右法条の要請するところである。

2、審決は事実を誤認している。

イ、商品遊戯具に、「ピアス」の名称を附して製造又は販売している者は、原告以外には存在しない。

審決が、前記の「……業界において周知の事実又は特許庁において顕著なところである。」と認定した根拠の資料の中に、甲第四ないし六号証を含んでいることは明かであるが、これらの書証に記載された事実には誤りがある。これらの書証には、花山商店、三和智育株式会社、ホウズキ商店及び東洋工芸社の四メーカーが、本件出願商標たる「ピアス」の名称を附した遊戯具を製造販売している旨記載されているが、花山商店は原告経営の商店であるからそれは当然として、他の三軒のメーカーは、いずれも、意匠権(登録番号第一一六一五号)を侵害し、原告の製造販売する遊戯具を模倣した遊戯具を製造販売したのであるけれども、その名称には、「ピアス」は用いず、三和智育株式会社「三和ピアス」なる名称を用い、ホウズキ商店及び東洋工芸社は各々「トビトビゲーム」なる名称を用いたのである。しかも、原告は、右に関し、三和智育株式会社及びホウズキ商店のものについては、いずれもその名称及び意匠を改めさせ、東洋工芸社のものについては、既に意匠権の登録がなされたので、交渉の上、原告がその意匠権の共有者に加つたものである。尤も、乙第三号証中にある大阪市の川村商店が昭和一五年頃から遊戯具に「ピアス」の名称を附して一般に市販していたという事実はあり、原告は、後にその事実を知つたのであるが、これについても、原告は、昭和三三年六月二日、同商店の有していた室内遊戯具の考案権版権等一切の譲渡を受けたので、現在は、同商店も「ピアス」の名称を附した遊戯具を販売していない。

そして、以上の外には、遊戯具に「ピアス」の名称を附して製造販売している者はない。なお戦時統制中の公定価格設定の際、単品銘柄品として「ピアス」という名称が用いられた事実もない。審決がこれらの事情を無視して、前記のように認定したのは、事実を誤認したものである。

ロ、審決は、「ピアス」はゲーム名であるとしているが、「ピアス」は遊戯具の名前であつて、ゲームの名前ではない。審決はこの点でも事実を誤認している。そして、遊戯具は商標使用の対象になるものであるのにゲームは商標使用の対象にならないものであるから、この点の事実誤認は本件において重要な意味をもつ(被告の主張も同様の誤りを繰返している。)遊戯具の名前は異つても、同じ名前のゲームは、いくらでも自由にできる。例えば、「ピアス」、「双連隊」、「トビトビゲーム」等は遊戯具の名前であり、「ソリテリヤ」、「スキツプ」、「ホツプチエス」、「リーブ」等はゲームの名前であるが、右の各遊戯具は、いずれも、これを用いて、「蓋の表面に数十個の穴があつて、その穴に駒をはめて、一個おきに飛越して移動させ、最後に残つた駒の数でゲームをする」(これを「ソリテリヤ」という。)こともできるし、その外「スキツプ」、「ホツプチエス」、「リーブ」等、多種多様のゲーム(遊戯)ができるのである。そして、これらの遊戯具によつてできるゲームが古くから存在するかどうかということと、これらの遊戯具が古くから存在するかどうかということとは、別個の事柄である。

以上の次第で、審判は事実を誤認している。

四、仮りに、本件出願商標の構成自体に特別顕著性がないとしても右商標は、原告がその製造販売する商品に使用し、かつ、同業者間で、他に同種商品にこの商標を使用する者なく、本件登録出願当時において、既に、原告の商標として取引者間に周知著名となつていたものであるから、特別顕著性を有していたものである。なお、使用による特別顕著性は、特許庁の手続において、特に問題とされなかつた場合でも、審決に対する不服の訴訟においてこれを主張し得るものと解すべきである(東京高等裁判所昭和三二年(行ナ)第六〇号、同三三年一二月一八月言渡判決参照)。

五、以上の次第で、本件審決は違法であるから、その取消を求めるため、本訴に及んだ。

と陳述し、なお、被告の主張に対し、

1、被告は、本件拒絶査定と審決とは、拒絶の理由を同じくするものであると主張するが、この両者の理由は同一ではない。すなわち、査定は、「本願商標たる「ピアス」及び「PIERCE」は、遊戯具のゲーム名である。」と判示したのみであるのに、審決は、「遊戯具のゲーム名として「ピアス」と称するものが存し、広く取引者又は需要者間に知られ、この名称を以て取引されていることは疑をいれない。云々」と判示している。そして、旧商標法第一条第二項の特別顕著性を否定する関係では、右査定判示の理由と審決判示の理由とで差異を生じないが、同法第二条第一項第一一号の規定の適用の関係では、査定判示の理由の如くならば、商品の誤認を生じさせるおそれがあるに止まるが、審決の理由の如くならば、商品の誤認混同を生じさせるおそれを生じさせることになるのであつて、両者は同一ではない。

2、被告は、三和智育株式会社が「ピアス」なる名称を使用し、原告がその使用を中止せしめたことにつき、これを以て「ピアス」が遊戯玩具名の一種として業界一般に使用されていることの証左であると主張するが、この主張は当らない。けだし、右は、原告が右会社の役員である関係上、同会社では、右商標を使用しても差支ないものと誤信してこれを使用したので、原告はそれを差止めたという関係にあるものだからである。

と述べた。

被告指定代理人は答弁として、

一、原告主張一の事実は認める。

二、審決の理由中に原告主張二の如き判示のあることは認める。しかし、原告主張二に摘示するところは、必ずしも審決の全文の趣旨を尽しているものではない。

三、原告主張の三はいずれもこれを争う。

1、審決に、原告主張の法令違背はない。

抗告審判において、旧特許法第七二条の準用されるのは、拒絶査定と異る拒絶の理由を発見した場合であることは、同法第一一三条第一項の規定によつて明かである。しかるに、本件においては、拒絶査定は、「本願商標を構成している「ピアス」の文字は、遊戯玩具の一種のゲーム名である。」と認定し、これを前提として、旧商標法第一条第二項及び同法第二条第一項第一一号を適用して登録を拒絶したものであり、審決は、拒絶査定の「ピアス」は遊戯玩具の一種のゲーム名であるという判断は正当なものであるとしてこれを肯定し、その理由として、そのことはこの種業界においては周知の事実であり、又当庁においても顕著なところである旨を明かにしたものであるから、右は拒絶査定と異る理由ではなく、査定の理由に若干の説明を附加し、結局査定と同一の理由で登録を拒絶したものであるから、新に拒絶理由の通知をしなかつたことは当然で、右法条に違背するものではない。

2、審決に事実の誤認はない。

イ、特許庁が審決をするに当つて、本件甲第四ないし六号証の書面を資料としたことは認める。しかし、審決が、「ピアス」を遊戯玩具による一種のゲーム名として古くから使用されている語であると認定したのは、単にこれらの書証のみによつたものではなく、広く各種の資料及び取引界の実情を綜合判断した結果である。そして、「ピアス」なる名称が、当初何人によつてつけられたものであるかは別として、相当古くから一般に使用されている語であることは疑いがないから、現在における取引界の実情を以てすれば、審決の如く判断するのが妥当である。特許庁は、永年遊戯玩具の製造に従事し業界において古い知識と経験とを有する者に対し、「ピアス」という遊戯玩具につき、(1)これはどのような遊戯か、(2)これは凡そ何時頃からある遊戯か、(3)これは相当広く普及されているものか、(4)その他参考となるべき事項、について照会したところ、相当詳しい回答を得たが、その回答の要点は、(1)この名称は、昭和一〇ないし一五年頃から存在していたものである。(2)この名称の遊戯具は広く一般に取扱販売されていたもので、従つて、取引者需要者の間では、既に周知せられていたものである。(3)この遊戯は古くから外国において行われていたもので、これに関する書籍等から着想を得て、わが国でも製造販売されるに至つたものである。というにあつたのである。

ロ、原告は、三和智育株式会社等が「ピアス」の名称を附して原告の商品と類似した商品を販売したためこれに抗議してその製造販売を中止せしめた旨るゝ述べているが、もしそのような事実があるとすれば、それは、むしろ、「ピアス」は遊戯玩具の一種として、広く業界一般に使用されているという客観的事実の存在を示すものであり、審決の認定を裏付けるものである。

ハ、審決の判文が「遊戯玩具の名」と「遊戯玩具のゲーム名」とを混同した如く解されるニユアンスのあることは認める。しかし、本件はそのことのために、結論の相違を来す場合ではない。

四、原告主張の四もこれを争う。

1、訴訟において使用による特別顕著性の主張が許されるのは、抗告審判において、形式的には主張されていなくとも、少くとも出願人の主張の中に、実質的にその主張が包含されている場合に限るものである。原告の援用する判例の趣旨も、右の如きものと解すべきである。しかるに、本件においては、原告の主張は明瞭を欠く点が少くないが、要するに、「ピアス」なる名称を有する遊戯玩具は、出願人(原告)の考案に係り、その名称も同人が命名し、同人によつて初めて使用されたものであつて、初めから特別顕著性を具有するものであつて、決して商品の品質、用途の表示として普通一般に採択使用されているものではないという意味の主張で一貫して来たもので、この主張の中には、使用による顕著性の主張が包含されているものとは解されない。

2、仮りに、右主張が理由なく、原告の使用による特別顕著性の主張が許されるとしても、同人の右主張は、従来の、商標の構成自体の特別顕著性の主張と矛盾するものであるから、かゝる主張は許されないものである。

3、仮りに右主張もまた理由がないとしても、本願商標には、原告主張のような使用による特別顕著性は認められない。

と述べた。

(立証省略)

理由

一、原告主張一の事実は当事者間に争いがない。

二、本件審決の理由中に原告主張二の如き判示の存することは当事者間に争いがなく成立に争いのない甲第三号証によれば、審決の理由は、右原告主張中に掲記のところにつきるものと認められる。

三、原告は審決の手続は旧商標法第二四条によつて商標の事件に準用される旧特許法第一一三条の規定に違背する瑕疵があると主張するので判断する。

旧特許法第七二条第一一三条によれば、抗告審判の手続において、拒絶理由の通知をしなければならないのは、拒絶査定の理由と異つた拒絶理由を発見した場合だけのことであることは明かである。しかるに、成立に争いのない甲第二号証及び同第三号証を綜合すると、本件拒絶査定の理由は、「本願商標は、遊戯具のゲーム名である「ピアス」及び「PIERCE」の文字を書してなるものであるから、「ピアスゲーム」の遊戯玩具については、商品の品質用途表示に過ぎないので特別顕著性がなく、又前記商品以外の商品にこれを使用するときは、商品につき誤認を生じさせるおそれがあるものと認めた。」というものであつたことを認めることができるから、これを前段認定の本件審決の理由即ち原告主張二に掲記の審決の理由と対比すれば、審決が本願商標を登録すべからざるものとした理由は、拒絶査定と全く同一であつたことが明かであるから、特許庁が、旧特許法第一一三条第七二条の手続をとらなかつたことは当然である。原告は、審決が判示している「……行うゲームを「ピアス」と称し、この種遊戯具は相当古くからこの名称を以て指称されていることは、この種業界において周知の事実であり、当庁においても顕著なところである。」という周知または顕著であるとした根拠、ないしはそのように認定した資料をも原告に通知して意見書提出の機会を与えなければならなかつたものである旨主張するが、それらは拒絶理由認定の資料であつて拒絶理由ではないから、これにつき出願人に意見書提出の機会を与える必要がないことはいうまでもない。なお、原告は、拒絶査定は、本願商標につき、単に旧商標法第一条第二項の特別顕著性がないことだけを判示し同法第二条第一項第一一号の商品につき誤認を生じさせる虞れがあるとの点は判示しなかつた旨主張しているが(原告の、被告の答弁に対する反対主張1、)、それは拒絶査定を十分に理解しない誤りによるものと思われる。

以上の次第で、原告のこの主張は理由がない。

四、よつて、進んで、審決が本願商標を登録すべきものではないと判定したことの当否について判断する。

前段認定の事実(原告主張一、二の事実)によれば、本願商標は、「PIERCE」及び「ピアス」の文字を通常の態様で、二段に横書して成るもので、その構成自体においては、(特段の事由のない限り)特別顕著性を否定し得ないものであるから、他に登録を拒絶すべき理由のない限り、その登録は許さるべきものであるところ、本件審決は、「ピアス」なる名称は、「多数の透孔を有する盤上において、その透孔に挿し込み得る足を有し、各種の色彩を施した多数の駒を以て行うゲーム」の名称として業界一般に用いられているものであると認定した上、この名称を右のようなゲームに用いる遊戯具の商標とすれば、特別顕著性を有せず、右以外の商品の商標とすれば、商品の誤認混同を生じさせるおそれがあり、旧商標法第二条第一項第一一号に該当するから、本願商標の登録は許されない旨判定したものである。そこで、「ピアス」なる名称が、審決にいうような種類の遊戯具(以下本件遊戯具という。)のゲーム名として業界一般に用いられているものであることを認め得るかどうかを検討する。

1、弁論の全趣旨に照しその成立を肯定し得る乙第三号証の一、二、三及び同第五号証の一、二によれば、大阪市の川村春太郎は、その開始の時期は明かでないが、後記日本智育合資会社の設立前から、従来からあつた「双連隊」と「ダイヤモンドゲーム」とから示唆を得て、本件遊戯具の一種を考案し、それに「ピアス」の名称を附して販売していたが、昭和一五年同人が古川嘉厚とともに、日本智育合資会社を設立するや、同会社において引続き右「ピアス」の販売を行い、戦災によつて同会社が解散するまでの間これを継続し、当時、その販路は、国内の各百貨店その他に及び、かつ朝鮮満洲にも輸出され「ピアス」の名は広く普及されていたことを認めることができる。しかし、右の、「ピアス」の名が広く普及されていたことの趣旨が、川村春太郎ないし日本智育合資会社の商品たる右遊戯具の固有の名称すなわち商標として普及していたという意味か、それとも、この種遊戯具ないしはそれによるゲームの普通の名称として普及していたという意味かという点は、前記乙号各証の記載からは判然しない。而うして、前者の意味に解した場合に、それが普通名称化する程度に普及したとの事実も認めがたい。

2、前同様成立を肯定し得る乙第四号証の一、二中には、「ピアス」、「PIERCE」の名称が、昭和一三年当時デパート及び業者間で使用されていた事実がある旨の記載があるが、その使用されていた趣旨が、商品たる本件遊戯具の商標として使われていたという意味か(昭和一五年以前において、「ピアス」の名称を附した本件遊戯具が、川村春太郎によつて販売されていたという前段認定の事実に鑑みれば、昭和一三年当時「ピアス」が、右川村発売の商品の商標として業者間に知られていたという事実があることも推認される。)、それとも本件遊戯具またはそれによるゲームの普通名称として使われていたという意味かは、右乙号証の記載からは判然しない。

3、前同様成立を肯定し得る乙第六号証の一、二、三中には、「本件遊戯具は、昭和一〇年頃からあつたもので、「ピアス」といいます。」との旨の記載があるが、その「「ピアス」といいます。」との趣旨が、現在そういつているとのことか、昭和一〇年頃からそういつているとのことか明かでなく、また右にいう「本件遊戯具を「ピアス」という。」との趣旨が、商品の普通名称としての意味であることは、同証全体の記載から、一応理解されないものでもないが、なお明確を欠くものがある。

4、前同様成立を肯定し得る乙第七号証によると、本件遊戯具による遊戯が、欧米には、第一八、九世紀からあつたことを窺うことができるが、その遊戯具ないしそれによるゲームの名称が「ピアス」といわれていたかどうかは、同証によつては知ることができない。

5、成立に争いのない甲第四ないし六号証中には、業界において本件遊戯具を「ピアス」と呼び、これを商品名としている旨の記載部分があるが、それが、同第四、六号証記載のように、昭和二三年頃からだとすると(甲第五号証中には、そうした事実は明治末期または大正初期から存在する旨の記載があるが、甲第四、六号証及び前顕乙号各証と対比して、右は、直ちに措信し難い。)、証人西口栄一、同田井中武子の各証言によれば、原告が本件遊戯具に「ピアス」の商標を附して売始めたのは昭和二三年頃からであると認められるから、業界で、「ピアス」を本件遊戯具の商品名としているのは、原告が右のように売出した結果生じた「ピアス」なる名称の普及すなわち原告の商標の普及を指すものではないかの疑いがあるし、なお、甲第五、六号証中には、「ピアス」を以て、原告の製造販売する本件遊戯具の外三和智育株式会社、ホウズキ商店及び東洋工芸社の製造販売する本件遊戯具をも包括した名称として、「ピアス」なる名称が用いられているとの趣旨に解し得る部分も存するが、その記載自体に果してその趣旨であると断定してよいかどうかに疑いがあるばかりでなく、証人西口栄一、同田井中武子の証言によれば、業者の間には、「ピアス」を以て原告の製造販売する本件遊戯具の固有の名称であつて、同種の遊戯具に共通した名称ではないと解している者もいることが窺われるのであつて、甲第四ないし六号証の前記各記載をそのまゝ前記の各趣旨に解釈して措信することはできない。

6、以上に検討を加えたものの外、本件審決が認定したように、「ピアス」が、本件遊戯具によるゲームの普通の名称であると認めるべき証拠はない。なお、「ピアス」が、本件遊戯具またはそれによるゲームの普通の名称であることが公知ないしは裁判所に顕著な事実であるといい得ないことももちろんである。

五、以上の次第であるから、本件審決は、事実の認定を誤まつたもので、右のような事実誤認は本件審決の結果に影響を及ぼすこと明かであるから、爾余の争点に判断するまでもなく、本件審決は取消を免れず、原告の本訴請求は理由がある。

よつて、訴訟費用につき、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 内田護文 鈴木禎次郎 入山実)

本件出願商標<省略>

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